とんでもない有田焼の歴史!?400年前から海外の貴族たちの間で話題に!!

とんでもない有田焼の歴史!?400年前から海外の貴族たちの間で話題に!!

佐賀県有田町でつくられている陶磁器、有田焼。400年の歴史を持つ日本で一番古い磁器だそうです。


誕生から400年!?一番古い日本の有田焼。

赤黄緑などの色絵や金色の加飾。きれいな壺ですね。

肥前磁器の焼造は17世紀初期の1610年代から始まった。
豊臣秀吉の朝鮮出兵の際、有田を含む肥前の領主であった鍋島直茂に同行してきた陶工たちの一人の李参平は、1616年(元和2年)(1604年説あり)に有田東部の泉山で白磁鉱を発見し、近くの上白川に天狗谷窯を開き日本初の白磁を焼いたとされ、有田焼の祖である。李参平は日本名を「金ヶ江三兵衛(かながえさんべえ)」と称し、有田町龍泉寺の過去帳などにも記載されている実在の人物である。有田町では李参平を「陶祖」として尊重し祭神とする陶山神社もある。

江戸時代初期、肥前の有田にて、日本で初めて磁器が焼成されました。それまで、中国製磁器を購入していた日本人にとって、白く、硬く、そのうえ中国製品よりは安価な国産の磁器の出現は、驚異的な出来事だったことでしょう。

•1610年代
朝鮮から連れて来られた陶工たちによって、有田で日本初の磁器が誕生。(1616年に、陶祖 李参平が有田にて日本初の磁器の焼成に成功したとの伝)

世界が絶賛した有田焼

磁器生産の先進国であった中国では明から清への交替期の1656年に海禁令が出され、磁器の輸出が停止した。このような情勢を背景に日本製の磁器が注目され、1647年には中国商人によってカンボジアに伊万里磁器が輸出され、1650年には初めてオランダ東インド会社が伊万里焼(有田焼)を購入し、ハノイに納めた。これによって品質水準が確認され、1659年(万治2年)より大量に中東やヨーロッパへ輸出されるようになった。これら輸出品の中には、オランダ東インド会社の略号VOCをそのままデザイン化したもの、17世紀末ヨーロッパで普及・流行が始まった茶、コーヒー、チョコレートのためのセット物までもあった。

アムステルダムから車で2時間ほど。オランダ東部のドイツ国境に近いデルデンという町に、14世紀から続くトゥウィッケル城はある。落ち着いたたたずまいをみせる貴族の邸宅だ。
「東洋のやきものは結婚式のやりとりにも使われ、まさに当時のステータスシンボルだった。18世紀の器を実際に使うことがありますよ」。地下の厨房(ちゅうぼう)で、城の管理責任者ロブ・ブルーメンダールさんは話した。

有田焼は17世紀半ばから約100年、欧州に輸出されて王侯貴族をとりこにし、明治期に万博出展で再び海外への道を歩んだ。歴史上3度目の挑戦は実を結ぶか、これからを展望する。

有田焼 いまりやきの歴史

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