皿からマグカップまで!温かい伝統文化、美濃焼の伝統と特徴について

皿からマグカップまで!温かい伝統文化、美濃焼の伝統と特徴について


織田信長や豊臣秀吉の時代からあった!?日本人の半分以上が既に使っている伝統的焼き物、美濃焼とは??

みなさん、こんにちは!!

突然ですが「美濃焼(みのやき)」と呼ばれる日本の伝統工芸品「焼き物」の名をお聞きになったことはありますでしょうか??

実は「数多く日本の食卓(また、その他の用途によりテーブル)に並べられる器のほとんど」が「美濃焼と呼ばれる焼き物」になります!!「美濃焼」は、日本の和食器+洋食器のシェアで60%以上を占める「日本国内で最も広く普及されている伝統工芸品」ともいえる、まさに「JAPANを代表する焼き物」の一つなのです!!

その「美濃焼」は旧国名の「美濃」で作られ、その伝統文化がそこから日本全国へと浸透していきました!「美濃」とは、現在の位置で言えば「岐阜県」の東濃地方から、多治見(たじみ)市、土岐(とき)市、瑞浪(みずなみ)市、さらに可児(かに)市と土岐郡笠原町を含む岐阜県内の広範な範囲が、その生産地となっているようです!!

「美濃焼」に関する簡単なご紹介をさせていただきましたが、本記事においては(より深く)「美濃焼の特徴」について、簡単にご説明した上で「様々な美濃焼をご自宅で買うことのできる、おすすめ通販ショップ(ネットショップ)」をご紹介していきます^^!!

美濃焼と聞いたら、どんなやきものをイメージしますか……。
 そういえば、デパートの美濃焼コーナーには志野、織部、黄瀬戸といった、いずれも日本の美を象徴するような器が並んでいて、これらのいわゆる「桃山風」といわれるやきものの生誕地がこぞって美濃であることに、改めて驚かされたりします。一方で、備前焼や唐津焼のように確固とした1つの美濃焼スタイルが浮かんでこないのも、また事実です。そしてこれが、美濃焼は“特徴がないのが特徴”といわれるゆえんでもあります。

 つまり、それほどに多彩な製品が焼かれているということ。たとえば美濃焼の伝統的工芸品を見てみましょう。志野、織部、黄瀬戸、瀬戸黒にとどまらず、灰釉、天目、染付、赤絵、青磁、鉄釉、粉引、御深井(おふけ)、飴釉、美濃伊賀、美濃唐津と、なんと15品目が通産大臣の指定を受けています。また、和食器、洋食器とも全国シェアの50%以上、タイルは50%近くが、実は美濃焼です。
 「桃山陶の故郷」と聞くと保守的でディープな茶陶の里をイメージしそうですが、どうやら“何でもござれ”的なたくましさも併せ持つのが現代の美濃の実像といえそうです。まさに、「日本の陶都」というキャッチフレーズがピッタリの一大産地なのです。

美濃焼の名は旧国名の「美濃」という地名に由来します。現在の行政区分でいえば岐阜県の東濃地方に当たり、多治見(たじみ)市、土岐(とき)市、瑞浪(みずなみ)市、さらに可児(かに)市と土岐郡笠原町を含む広範な地域が生産地となっています。とくに、多治見はその中心です。名古屋から距離にして36km、JR中央本線や中央自動車道が走る交通拠点で中部経済圏の一翼を担う位置にあるためか、各生産地から焼き上がった製品が集まり商業地としてもにぎわっています。

皿やマグカップなど様々なカタチで広がる日本の伝統的焼き物、美濃焼の特徴とは!?

ここでは「美濃焼」と呼ばれる焼き物について、少しばかり詳しくご説明させていただければと思います!!

また先ほど、少しだけご説明させていただいたように「美濃焼」というのは、戦国時代でも有名なあの「美濃の国」付近で作られて普及してきた焼き物の事を言います!ただ、その「美濃の国」というのが、(先ほども)お話しさせていただいたように非常に広範囲の地域であります!!

つまり、広範囲の地域で「一つだけ!これといった特徴で焼き物を完成させる!」といった模様や作り方の特徴(独自の文化)というのが「美濃焼」については築かれてきませんでした!!つまり、(答えになってないかもしれませんがw)美濃焼の特徴というのは「特徴がないこと!」なんです!!

例えば、「染付・天目・白磁への赤色の絵付け(柿右衛門様式:有田焼三様式(有田焼三大模様の一つ)に代表される模様表現のスタイルの一角)」といった様々な模様柄の器を有田の町で、そして伊万里の港で輸出されるようになった「有田焼(伊万里焼)」であったり、北信越の大名、前田領地で豪勢な器への金彩等の模様を磁器に散りばめたような「九谷焼」や、萩市(山口県)でやわらかくふっくらとしたフォルムで陶器の作品を多数生み出してきたような「萩焼」といった「他の様々な(特徴があり、どこで焼き物が作られているのかを簡単に理解できる)焼き物ブランド」としての、定着は(少なくとも)美濃焼にはありませんでした!!これが美濃焼は「特徴がない焼き物」として言われている所以であります!!

特徴がないと言われる美濃焼!その中でも有名なのは「織部焼」と「志野焼」なんです!!

先ほど「特徴がない焼き物」として美濃焼をご紹介しましたが、それでも美濃焼はあらゆる(現在の岐阜県を中心とした付近一帯の)地方をカバーして、そこから全国へ普及し「日本人(日本国内に住んでいる人達)」の最も多くが日常の中で、使い続けている焼き物になります!!

そういった「私たちの生活に特に近いとされる美濃焼(焼き物)」の中でも、最も人気が高い作品(ブランド)とされるものは知っておきたい!!笑

ということなので、美濃焼に含まれるブランド作品の中でも意図して最も人気が高いとされる二種類のブランド「織部焼」と「志野焼」について、それぞれの模様と特徴について写真の中で簡単にご説明させていただきたいと思います^^!!

二種類とも「陶器(土を材料にして、作られている焼き物の種類)」として、広く、そして長い歴史の中で「深く私たちの伝統的な生活に関わってきた日本の代表的文化」として挙げられるブランドなので、間違いなく学んでおいて損はないと思います!!笑

かなり人気のある焼き物に「織部」(おりべ)と「志野」(しの)がありますが、実はこれも美濃焼の一形態。安土桃山時代に誕生した伝統的な焼き物です。それまでの陶磁器は中国の模倣品でしたが、志野や織部は初めての国内で開発されたニュータイプです。

他に、「黄瀬戸」(きぜと)、瀬戸黒(せとぐろ)などもあります。東濃の陶器にはさまざまなタイプがあり、その中のいくつかの分野が突出して有名になってしまって、別の産地の焼き物であるかのように広まりました。このことも、知名度の弱さにつながっているのでしょう。

あなたの使っている陶器の半分は美濃焼です。意外と知られていない事実ですが、ぜひ覚えておきましょう。

志野焼(しのやき):古風で永い歴史を感じる「陶器(土の焼き物)」は、多くの作家が多くの種類の芸術品として世に送り出してきました!その代表作品の一つが志野焼です!!

写真、左が「志野焼(しのやき)」になります!世の中に多くの美濃焼が未だに出店されている中で、本作品は室町時代(1336年~1537年)にその素焼きの陶器が広まったものを改良してできた作品であると言われています!!

完成されたのは室町時代の後の安土桃山時代(1537年~1603年:織田信長と豊臣秀吉によって世がおさめられていた時代)になります!!作られた場所は、美濃(現在の岐阜県)です!安土桃山時代ということで大名の間でも茶会が流行り始めてきたころ、多くの陶器を生産させる政策をとったことで「多数の志野焼(美濃焼)」が生まれてきたといった背景もありそうです!!

その作品の特徴は、白釉(白い「釉薬:薬品の強度を上げたり、触り心地を変えたり、素焼きの焼き物の表面に色を付けたり、その変化を表現したりするための化学薬品のこと」)を使った焼物です!!

また、基本的に日常生活で扱いやすい「派手な文字や模様が描かれていないスタイル(デザイン)」になります!!派手な絵柄や色模様がないといった物なので、わびさびが感じられる程度の「(和みのある)あっさりとした温かい土の雰囲気が感じられるための(派手ではない)模様」によって表現される特徴をもった作品として「志野焼(の特徴)」を説明する方が良いのではないかと思います!!

いずれにせよ「①歴史を感じる品の雰囲気②温かみのある陶器③白く上品な器(陶器)」以上の3点が特徴として言えるのが「志野焼」になります!!

志野焼(しのやき)は、美濃焼の一種で、美濃(岐阜県)にて安土桃山時代に焼かれた白釉を使った焼物。赤志野や鼠志野などいくつかの種類があり、同じく美濃焼の一種である瀬戸黒とともに重要無形文化財に指定されている技法や、岐阜県の重要無形文化財に指定されている技法がある。

志野焼の種類

無地志野
文字通り絵模様が少ない白無地。

鼠志野
下地に鬼板と呼ばれる鉄化粧を施し、文様を箆彫りして白く表しさらに志野釉(長石釉)をかけて焼く。掻き落とした箇所が白く残り、鉄の成分は窯の条件などにより赤褐色または鼠色に焼き上がる。

赤志野
鼠志野と同じ手法ながら赤く焼き上がったもの。

紅志野
酸化第二鉄を含む黄土である赤ラクを掛けた上に鉄絵文様を描き、さらに志野釉をかけて焼いたもの。

絵志野
釉の下に鬼板で絵付けした上に志野釉をかけて焼いたもの。

練り上げ志野
赤土と白土とを練り混ぜ志野釉をかけて焼いたもの。

志野織部
大窯で焼かれた古志野と区別し、連房式登窯で焼かれたものを指す。

織部焼(おりべやき):その歴史は「志野焼」よりも新しい!「土の温かみ+模様の繊細さ」が光る歴史ある陶器の芸術品です!!

この記事のライター

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