1000年の伝統をカタチに!愛知が誇る瀬戸焼の歴史と特徴について!!

1000年の伝統をカタチに!愛知が誇る瀬戸焼の歴史と特徴について!!


歴史が深い陶器!日本が誇る三大焼き物の一角「瀬戸焼」の秘密とは??

みなさん、こんにちは!!

ここ数日、そろそろ本格的に秋と呼べそうな「爽やかな風」が心地よく感じられつつあるこの季節、いかがお過ごしでしょうか??

日本の秋から冬にかけて、リラックスできる環境の一つにお茶会と呼ばれる行事がありますね(最近はそのような重々しい雰囲気の「行事」と言われなくなった感じもしますが)^^!!織田信長や豊臣秀吉が実質上、世を収めていた時代、そう安土桃山時代により盛んになった流行、それがお茶会です!!

そして、その歴史の煽りをうけ日本全国に普及されていった焼き物に「美濃焼」と呼ばれる美濃の国(現在の岐阜県)で多くの陶器が作られてきました!前回は、その「美濃焼(織部焼や志野焼)の歴史と特徴」をお伝えしましたが、今回みなさんにご紹介したいのは、その岐阜県を含む中京エリアの一つ、瀬戸(愛知県)で生まれ育った伝統工芸品である「瀬戸焼」になります!!

現在の愛知県でも、古い歴史を持つ伝統工芸品(ブランド)として、守るべき文化として、そして日常生活で使うことのできる私たちの生活の一部として、日本から世界へ発信されるべき「(愛知県の誇り)瀬戸焼の歴史と特徴」そして「ご自宅で瀬戸焼が買えるおすすめの通販サイト」に関する情報まで、簡単にご紹介させていただきたいと思います^^!!

愛知を代表して日本、そして世界へ!歴史が深い陶器「瀬戸焼」の歴史と特徴について!!

実は「瀬戸焼」とは、数多くある日本の焼き物の中でも「日本3大焼き物」として取り上げられるほどの高い影響力をもつ焼き物の一つであります!!

他の二つは「有田焼(伊万里焼)」と「美濃焼」になりますが、有田焼(伊万里焼)に関しては「日本最古の磁器で、かつ日本国内で最も古くから、赤い色の絵付け技法を浸透させた焼き物(有田焼三洋式の柿右衛門様式と呼ばれる技法)」を完成させていたり、美濃焼に関しては「古来、シンプルな志野焼から赤色・青色・黒色の着色を釉薬によって模様付きで描き、日本人が最も多く日常生活で使う(和食器で60%以上)、我々の生活にとって欠かせない陶器の焼き物」としての存在感を国内社会に与えてきました!!

では、その二種類(有田焼と美濃焼)に対して、瀬戸焼はどんな歴史や特徴をもって、日本の歴史の中で生まれ「日本三大焼き物の一角」として君臨してきたのでしょうか??本記事では、その「瀬戸焼」についての情報(歴史や特徴)について簡単にご紹介しちゃいたいと思います^^!!

「瀬戸焼」の歴史について!!

先ず「瀬戸焼」の歴史についてみていきましょう!!

瀬戸焼が誕生したのは、現在の愛知県瀬戸市のエリアで「本格的に作られ始めたの鎌倉時代」になってからです!ただ、その地で焼き物が焼かれ始めたのはもっと古くからの「古墳時代」といわれています!!

では実際、愛知県の近く「東農地方(現在の岐阜県)で誕生した美濃焼(志野焼や織部焼)はどうだったのか??」と言いますと、秀吉や信長の時代から主流の作品が作られることになるので「鎌倉時代より後の安土桃山時代から」ということになり「瀬戸焼」と呼ばれる焼き物はかなり古い歴史をもっている日本の伝統工芸品(焼き物)といえるものなんですね!!

また瀬戸焼は陶器と呼ばれる焼き物で「(磁器とは違い)焼き物を作るための材料として陶土と呼ばれる土」を使って作品を作っていきます!!これに対して、有田焼は「陶石と呼ばれる石」を材料にして作品を完成させていくスタイルをとっています!ちなみに、有田焼の文化が日本国内で花開いたのは、豊臣秀吉の朝鮮出兵により来てもらった李参平(りさんぺい)と呼ばれる焼き物作家さんが日本を旅しながら、上質な陶石を見つけ日本初の磁器を作ってもらった、というのが有田焼の歴史らしいです(なので有田焼の歴史は未だ若く400年ほどなんですね)!!

そして、瀬戸焼は日本で最も古くから「釉薬(うわぐすり:ゆうやく)」を用いて陶器を完成された最古の焼き物として知られています!!釉薬というのは「素焼きした焼き物の強度を高めるため、つるっとした触り心地をつけるため、また作品に鮮やかな色をつけるため、に(作品の焼成前に)事前に満遍なく塗っていく化学薬品のこと」をいいます!!これを使って作品が完成されたきたのが「瀬戸焼」と呼ばれるもので、他の焼き物に先んじてお茶会やその他の用途で、その伝統工芸品がたくさん日本の社会(国内)へ供給されてきたんですね!!

瀬戸の焼物の歴史(~鎌倉時代)


瀬戸のあたりで焼物が作られ始めるのは非常に古く、古墳時代にまでさかのぼります。

しかし、瀬戸の焼物が他の地域の焼物とは違った特色を発揮するようになるのは、
だいたい鎌倉時代の初めごろのことです。

日本の焼物には、地域ごとに強い個性がありますが、
瀬戸で作られたものの一番の特徴は釉薬(ゆうやく・うわぐすり)がかけてあること陶器だったということです。

鎌倉時代に日本で釉薬をかけた焼物を作っていたのは、瀬戸が唯一で、
他の地域で作られていた焼物のほとんどは、釉薬をかけていないものでした。

鎌倉時代、この時代のいわゆる古瀬戸の手法は、紐づくりをし、別に挽いた口頸部を付けてから、外部の全体を轆轤で仕上げるやり方であったそうです。灰釉や鉄釉を施し、「胎土の柔らかいうちに印を押して陰文を施す陰花文」「ヘラ・釘・櫛などによって彫りつける画花文」「粘土を器全体に張り付ける貼花文」などで陶器を飾るようになります。志野のさきがけとも思われる長石粉の使用が見られました。

室町時代。この時代の見るべきものは天目茶碗と茶入です。天目茶碗には、舶載にはない和風の質の高いものが見られます。

桃山時代の入り、この時代に侘び茶が完成します。唐物から和物の中に美を見いだし茶会を変革させたのです。
瀬戸の茶壺・茶入れは茶人の鑑賞に十分耐えうる品格まで磨き上げられたのだそうです。一方、戦国時代の瀬戸は「瀬戸山離散」の言葉通り、瀬戸の地を離れて、美濃などの各地で瀬戸ものが焼かれるようになってきました。

「瀬戸焼」の特徴について!!

瀬戸焼と呼ばれる作品の特徴についてご紹介します!!そして、ここで少しばかり残念なのが「瀬戸焼と呼ばれる作品は、(愛知県の)瀬戸エリアで作られている焼き物、以外でその特徴をもたない作品」となっています!!以前、美濃焼もその特徴が分かりにくい作品(あついは特徴が無いとさえ言われる作品)としてご紹介させていただきましたが、美濃焼に関してはシンプルに陶器としての見た目も色合いも十分な温かい雰囲気を出していました!!

しかしながら、その点において瀬戸焼は異なります!!瀬戸焼は陶器と磁器を含む総称、つまり陶磁器なんです(写真の作品もまた磁器に含まれるものかなと思います:磁器と陶器の見分け方は「つるっとした焼き物の光沢に輝くフォルム」と「叩いた時に石のコツンとした硬さか、柔らかい土の触り心地か」で判断できる部分にあります)!!

先ほど、瀬戸焼の歴史の中でご紹介しましたように、瀬戸焼はかなり深い歴史があります!!それは、瀬戸焼が作られた地方で、上質の陶土と陶石が大量に見つかったからだと言われています!現代においても「上質な焼き物を作ることができる材料」と「それら(上質な材料)を使いこなし、上質な作品を完成させられる高度な技術をもった焼き物作家(職人)さん」が多く、その土地に揃っていれば、どんな作品も完成することのできる高いポテンシャルをもっている!そして、それが瀬戸焼が日本を代表する陶磁器、と今でも呼ばれている所以だと思いますね^^!!

これほどにまで有名な瀬戸焼ですが、現在の瀬戸焼は一部の茶器を除くとこれといった特徴があまりありません。
強いて瀬戸焼の特徴をあげるとするなら、瀬戸焼は、古典的な焼き締めの壺から素朴な化粧土が施された花瓶や民芸調の絵が描かれた皿などの陶器に至るまで、その種類が豊富で全国の陶器のスタイルを一度に楽しめるという点があげられるのではないでしょうか。

瀬戸焼が、素朴な民芸調から優雅な染付けまで、全国の陶器を模倣できているのにはいくつかの要因があげられます。
そのひとつとされるのが、市内の採掘場から良質な陶土や陶石が豊富に出土していることです。中でも、石英分を多く含んだ赤津蛙目粘土(あかづがいろめねんど)は陶器の主原料となり、可塑性の高い本山木節粘土は陶磁器の主原料となっています。
千年の歴史が語るように、瀬戸焼きには色んな顔があり正直固有のスタイルは見付けにくいと思います。
また陶器と磁器の2つが混在することもおもしろいですよね。瀬戸焼きにはどのようなスタイルも咀嚼し、自分のものにする力があり、そしてそれが魅力といえるのではないでしょうか。
また和食器や洋食器まで全ての種類を生産できる技術力とそれを支える良質な陶土・磁石を無尽蔵に持っています。

分類:陶器、磁器
産地:愛知県瀬戸市
歴史:平安時代〜
「日本六古窯」の一つで、陶磁器は総じて“せともの”と呼ばれるほど有名。志野、織部、瀬戸黒、黄瀬戸など旧来の陶器は「本業焼」、白い磁器に絵付けをした近年主流の瀬戸染付焼は「新製焼」と呼ばれる。

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この記事のライター

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