西日本を代表する焼き物の名門「萩焼」を知ろう!!

西日本を代表する焼き物の名門「萩焼」を知ろう!!


山口が誇る日本を代表する焼き物「萩焼」について学ぼう!その歴史と特徴から「萩焼」が買える通販サイトの紹介まで!!

みなさん、こんにちは!今回とりあげます記事のテーマは「萩焼」になります^^!読み方は「はぎやき」になります!!山口県萩市そして西日本を代表する伝統工芸品「焼き物」の一つですね!!

日本三大焼き物と呼ばれる作品は「有田焼(伊万里焼:佐賀県)・美濃焼(岐阜県)・瀬戸焼(愛知県)」と呼ばれる焼き物ブランドになりますが、関西から中国地方そして九州地方での「萩焼のブランド力」はいまだ健在です!!その焼き物の種類は、美濃焼と瀬戸焼と同じく「陶器ブランド」として発信されている伝統工芸品になります!!

ちなみに「陶器」というのは、材料に陶土(とうど)と呼ばれる土を主に使って作品を完成させます!その土を材料にして作った「陶器」の特徴は土の茶色や「土もの」ならではの温かさやふっくらとした触り心地にあります(日本が誇る有名ブランド「有田焼(伊万里焼)」は陶石という石を材料にして作品を完成させる「磁器」と呼ばれるものになります)!!

また、他にその特徴をあげるなら「陶器」は、お手入れが少し大変ですが、歴史があり、その古風な趣きに魅力を感じるファンが世界中にいるとされる「日本が誇れる文化」の一つなんです!ちなみに「お耳に入れていただきたいこと」として、土の陶器の洗い方に注意していただきたいです!洗った後、生渇きのまま食器棚に保管してしまうと、土の隙間に臭いが付いたり、カビが発生したりする可能性があるからです!!また陶器は水を通しやすいタイプの焼き物なので、陶器に水を含ませて10分以上つけ置きして洗う方がいいらしいです!その点「有田焼」のようなつるっとした磁器はさっと洗いやすく手入れがしやすい点があげられます(もちろん陶器の良さとして、見た目デザインの温かさやお茶の熱を感じられる触り心地はあります)!!

今回の記事では、その「日本を代表する陶器ブランド」の一つに挙げられる「萩焼」って何?についてご説明しちゃいます!先ずは、萩焼の歴史と特徴から!次いで「萩焼を作っておられる作家(窯元)さんの仕事が学べる場所」で「実際に萩焼作りも体験できるおすすめスポット」でもある萩市の名所「萩焼会館」についてご紹介させていただきます!!

そして、本記事の最後で「(山口県萩市に行かなくとも)萩焼を購入することができる、おすすめ通販サイト」を簡単にご紹介しちゃいます!!

陶器は磁器に比べると割れやすい傾向があります。磁器は陶器の約1.5倍の強度があるといわれています。

お料理などを食べ終わった後は、すばやく水またはぬるま湯と台所用洗剤で洗ってしまいましょう。吸水性があるので、他の汚れた食器とのつけおき洗いは避けましょう。

洗った後、生乾きのままですぐに食器棚などにしまうとニオイやカビの原因になります。きちんと乾燥してからしまいましょう。

陶器は細かい穴がたくさんあいているので吸水性があり、醤油などはしみの原因になることもあります。使用前毎にサッとお湯(水)通しをしますと汚れがつきにくくなります。余裕があれば、10分以上水につけておき、陶器に水を含まれることで、更に汚れがしみ込みにくくなります。

購入後に、高台(食器の裏側の釉薬などがついていない素地の部分)をサンドペーパーでなめらかにしておくと、他のものに傷をつけません。

「萩焼」について簡単に学ぶ!「長く歩んできた焼き物としての歴史」と「伝統的な良さを引き継ぐ芸術品」としての萩焼の特徴について!!

瀬戸焼や美濃焼に次いで、日本全国で知られる「伝統的な陶器の焼き物」である萩焼!!

ここでは、萩焼について「歴史」と「(焼き物としての)特徴」について、簡単にご紹介します!

実は「萩焼」という呼称は明治時代になってから以降のことらしいです(それ以前は、地元民の間では「松本焼」と呼ばれていたとか)!やはり、国民の生活に長い間浸透してきた「文化」として、また歴史も深い「陶器の萩焼」ですが、実際のところ、どのような経緯で生まれてきたのか??

また萩焼自体にどのような特徴があるのか??について簡単に本記事の中でお伝えしていきたいと思います^^!!

萩焼について萩焼は、萩藩主の御用窯として萩の城下松本(現・萩市椿東)、深川村三之瀬(現・長門市深川湯本三之瀬)に開かれ、現代も継承発展されている陶芸です。

「萩焼」と一般的に呼ばれるようになったのは明治以降のことで、江戸時代には地元で地名を取り「松本焼」、「深川焼(三之瀬焼)」と呼ばれていました。
さらに「松本焼」はこれを焼いた家によって「坂」・「三輪」・「林」の三窯、また「深川焼」も「坂倉」・「倉崎」・「赤川」の三窯と分けていました。

萩焼の歴史:全てのきっかけは「関ヶ原の合戦(1600年)」だった!!

現在の山口県のマップで「萩焼」が生まれるきっかけとなった町、萩市が確認できます!!

「萩焼」の起源は、今から400年ほど前までさかのぼります!!

関ヶ原の合戦(1600年)の時代、西軍(豊臣側)として東西対決で敗北した大名・毛利輝元が、安芸の国(現在の広島県)から萩(現在の萩市)に領地を移しました!!

その文化も成熟していなかった「萩」の地に移った後の慶長9年(1604年)、(萩の初代藩主となった)毛利輝元の命により、朝鮮人の焼き物作家を招致して、(MAPの)松本にて開窯させたことが始まりだと言われています!!

この「萩の焼き物」は時代の流行りや藩の保護(御用窯としての役割)によって、じばらくの間、多く作られてきたようですが、その生産の調整を余儀なくされる時代がやってきます!明治維新がやってきてから、西洋の文化がどんどん導入され、伝統的な萩の窯元が少なくなっていったと聞きます(もしかしたら、有田焼や久谷焼といった磁器文化の広がりもあったのかもしれません)!!

しばらくの間、その人気に蔭りが見え始めた「萩焼の文化」でしたが、明治後期に一回ブームが再興(恐らく豊かになったから)し、その後若干衰退し、第二次世界大戦後以降に起こる「日本の高度経済成長期(再び豊かになってきた時代)」の流れに乗じて、再び「山口県が誇る日本を代表する伝統工芸品」としての「萩焼」を大事にしていこうという気概が高まってきました!!

日本の国が経済的に豊かになるにつれて、再び流行する茶道の文化、それに乗じて山口が誇り「歴史的にも文化(芸術)的にも評価されるべき日本の伝統工芸品」の一つとして、今や「萩焼」は全国的に認知されるようになったのです!!

萩焼の起こり慶長9年(1604年)、広島から萩に移封された萩藩初代藩主毛利輝元の命により、朝鮮人陶工「李勺光(山村家)」「李敬(坂家)」の兄弟が松本村中の倉に開窯したことが始まりといわれています。
十三連房(室)から成る朝鮮式登窯が築かれ、当初は高麗茶碗に似ている茶碗が主に焼かれていました。

弟の李敬は寛永2年(1625年)、藩主より坂高麗左衛門の和名を受け、以後、坂家は中の倉窯の中心的役割を果たしていきます。

 萩焼は、毛利氏が慶長9年(1604)に萩へ本拠を移した後、朝鮮半島から召致した李勺光ら陶工たちの技術に支えられて、萩城下東郊の松本(萩市椿東中之倉、家の現住地)に萩藩(長州藩)の御用窯として開かれました。17世紀前半は、李勺光の子である山村作之允(光政、出家して松庵)が、叔父の坂髙麗左衛門(李敬、助八)とともに御用窯の作陶活動を率いていましたが、明暦3年(1657)に作之允の子の山村光俊は弟子たちとともに深川(現在の長門市深川湯本)に移住し、在地住人の坂倉九郎右衛門の協力を得て第二の御用窯(三之瀬焼物所、ただし経営は半官半民)を設けました。

藩の手厚い保護を受けてきた萩焼の窯元は、明治維新の変革で後ろ盾を失い苦境に立たされます。社会が西洋化し、数多くの窯元が次々と消滅して行きました。
そんな中、明治後期に日本の伝統文化の再評価が起こります。
茶の湯がちょっとしたブームとなり、大正期には深川焼の十二代坂倉新兵衛が表千家に入門し家元伝来の名品を写し、萩焼と茶の湯との結びつきを強調するブランドイメージを確立しました。
この頃から「1楽、2萩、3唐津」と言われるようになり萩焼は一気にその知名度を上げる事となります。

敗戦後の物不足が去り、経済成長期になると更に茶道の隆盛が高まりました。 戦前に比べ比較にならない程、萩焼の需要が高まり窯元は息を吹き返します。
その追い風の中、伝統技法に独自の工夫を研鑽していた深川焼の十二代坂倉新兵衛と松本焼の三輪休和(十代三輪休雪)が文化財保護委員会より記録作成等の措置を構ずべき無形文化財として指定を受けます。
そして1970年に三輪休和は人間国宝(重要無形文化財)に認定され、1983年には弟の三輪壽雪(十一代三輪休雪)も人間国宝に認定されました。

萩焼の特徴:温かい土色の湯呑の陶器より!作品を見ながら学ぶ!作家が生み出してきた伝統的な萩焼の特徴について!!

写真は萩焼の湯呑みになります!!陶器の中でも、そのフォルムはふっくらとしたカタチで仕上がっています!!釉薬(うわぐすり:焼き物の強度を上げたり、色を付けたりするために焼成前や素焼きの作品にかける薬品)を満遍なくかけて、高温で焼成を行っています!!

やはり、土でカタチ作った作品らしく温かい土の色が、落ち着いた優しいイメージを伝えてくれるような作品となっています!中でも、特に萩焼の特徴とは「特徴が無いほどの素朴さ」と「あまり硬すぎない土で仕上がったふっくらとした作風」にあります!!

例えば、同じ陶器でも京風の焼き物「京焼(清水焼)」などは珍しい陶器への絵付けを行ったり、日本三大焼き物として知られる陶器ブランド「美濃焼」は赤・青・緑といった色の濃い模様をほどこした芸術品として仕上がっていますが、「美濃焼」に関して言えば、そのような模様をつけたりする伝統は(他の焼き物ブランドと比較しても伝統的には)全く見られない文化らしいです!!

また2つ目の特徴として「萩の土の柔らかさ」が萩焼の特徴として挙げられるみたいです!日本の伝統的焼き物は、地元で得られた資源(陶土や陶石)を用いて作品を完成させてきました!萩で生まれた萩焼は、地元でとれる柔らかな土をベースに作品を完成させているので、仕上がった作品自体がフォルムがふっくらとした優しい作りの焼き物に仕上がるらしいです!

以上の特徴より感じることは、これまで「萩焼」というのは、大まかで風雅な趣きを感じる作風として作られてきたということです!!日本でブランド化された萩の焼き物は、まさに日本人が「癒し(温かく優しい雰囲気)」を求めて歴史の中で嗜んできた「お茶会で使える芸術作品」としての色を大事にしてきたんだなと思いますね!!

この記事のライター

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