日本発の高級ガラス文化!薩摩切子の秘密!?歴史・特徴・価格まで!

日本発の高級ガラス文化!薩摩切子の秘密!?歴史・特徴・価格まで!


今の日本は観光による特需だけではありません!COOL JAPANや東京オリンピックを機会に、世界で注目され発信される日本の文化「伝統工芸品」今回はその中でも「薩摩切子(さつまきりこ)」と呼ばれる工芸品ブランドについてご紹介していきたいと思います^^!!

今や話題のNHK大河ドラマ「西郷どん」の舞台でもある鹿児島を発祥としている伝統工芸品「薩摩切子」ですが、その「切子」と呼ばれる作品はいったい何なのでしょうか??「切子」というのは日本名(和名)のカットグラス(彫刻や切り込みの細工を施した透明感のある鉛ガラス)のことです!!

「薩摩切子」というのは、薩摩(現在の鹿児島県)を拠点として日本そして世界へ広まった「JAPANを代表する伝統工芸品(切子ブランド)」の一つです!同じ切子ブランドで有名なものとして「江戸切子(えどきりこ)」が挙げられますが、それらの特徴や歴史的生い立ちの違いはいったい何か、その点に関しても本記事内でご紹介させていただきたいと思います^^!!

次いで本記事の中では「薩摩切子が実際に体験できる工房」や「アウトレットで薩摩切子をお探しになる際のポイント(注意点)」について触れました後「薩摩切子がネットで探せる通販サイト」までをご紹介の範囲とさせていただきます!!

そもそも、切子とはなにか。
切子グラス、切子細工とも呼ばれるが、つまりはカットグラスの和名・日本名。カットグラスの技法を活かし、装飾を施したガラスのこと。本来、日本にはガラスを細かく加工できる技術はなく。貿易などによってヨーロッパから輸入されたカットグラスを参考にしていた。カットグラス=切子となったのは、18世紀末頃。天明8年(1788)に出版された『蘭説弁惑』に、関連する記述が残っているそうだ。

ちなみに、切子は、ガラスを削ることを”切”、削ったあとに残った粉を”子”と捉えて作られた造語である。

薩摩切子の特徴と歴史について!江戸切子と比べて、どこが違う??ワイングラスで眺めてみる伝統的技法の美しさ!!

先ほどお伝えしましたが、国内の切子ブランドでは有名な作品として「薩摩切子」と「江戸切子」といったものが挙げられます!薩摩切子は薩摩(現在の鹿児島県)から、江戸切子はその名の通り江戸(東京)で生まれ国内外へ発信されてきた文化です!!

ここでは、2つの切子ブランドが持つそれぞれの特徴の違いについてご紹介していきます!!大きく分けて注目すればガラス模様にも違いはありますが、先ず「各々の切子ブランドの歴史的な生い立ちの違い」についてざっくりと触れておきたいと思います^^!何故、薩摩切子は薩摩で生まれて発信されていったのか?その謎について考えていきましょう^^

薩摩切子ブランドの歴史:江戸切子ブラントはどのようにして誕生した?2つの切子ブランドの歴史的な成り立ち(経緯)と比較して!

「薩摩切子」と「江戸切子」の歴史的な違いですが、それは「(薩摩)藩の文化的政策によって広まったか」それとも「地域コミュニティの中で自然と広まっていったのか」といった違いになります!!

薩摩切子ブランドは前者、薩摩の国を統治していた侍・島津家により推進・管理されてきた伝統文化になります(海外から切子を導入し、一から着手したのは第10代藩主の島津斉興)!オランダより伝来した薩摩切子ですが、その後も11代藩主の島津斉彬により薩摩の一大事業として推進させていきます!薩摩藩が庇護するカタチで守られてきた「薩摩切子ブランド」この作品は庶民の間で利用されてきた文化的歴史はなく、その誕生目的は贈答品(高級ギフト)としての芸術品だったようです!ただ残念ながら薩英戦争から西南戦争に至る動乱の歴史の中で薩摩切子の技術ものは一時的に途絶えてしまったんですね!その後、戦後の現代において復活を果たし日本を代表する芸術品の一つとして名を連ねるようになったそうです!!

これに対して「江戸切子ブランド」と呼ばれる作品は、大坂のビードロ職人からその技術を学んだガラス職人が江戸の地で誕生させ、庶民たち(商人たち)の間で育まれてきた文化だったんですね!庶民の中で、あるいは江戸の町人たちの努力によって日本全国へ普及するきっかけとなったのが、いわゆる「江戸切子」と呼ばれる切子ブランドなんですね!!

薩摩切子の歴史

1846年~幕末(正式年号不明)

1985年~現在

はじまりは薩摩藩主(島津家)

誕生目的は美術工芸品・贈答品


江戸切子の歴史

1834年~現在

はじまりは江戸の庶民(硝子職人)

誕生目的は実用品

長崎等から伝来した外国のガラス製造書物を元に江戸のガラス職人を招くなどして第10代薩摩藩主島津斉興によって始められ、11代藩主島津斉彬が集成館事業の一環とした。安政5年(1858年)、オランダの医師ポンペ・フォン・メールデルフォールトが鹿児島を訪れてガラス工場を見学したが、100人以上がそこで働いていたと記している。

大変に先進的な品で斉彬もこれを愛好し、大名への贈り物に用いられたり篤姫の嫁入りの品ともなったが、斉彬の死後は集成館事業の縮小や薩英戦争時にイギリス艦艇による集成館砲撃で被害を受け、幕末維新から西南戦争へ至る動乱もあってその技術は明治初頭で途絶えている。

江戸切子が商人から始まったのに対して、薩摩切子は藩が庇護する産業として発展した。この結果、江戸切子は実際に庶民が日常的に使うものとして作られていたのだが、薩摩切子は主に大名の鑑賞用に制作された。

薩摩切子は、文久3年(1863年)の薩英戦争により生産設備に壊滅的な被害を受け、一時途絶えていた。江戸切子は約180年間途絶えることなく職人たちの手で受け継がれてきた。こうした違いも両者にはある。

薩摩切子の特徴(江戸切子との作風の違い):注目すべき模様の特徴は作品の厚みと色合いの透明感!!

先ほどは薩摩切子の誕生から遡り、その歴史的経緯について簡単にご紹介しました!

ここで作品自体の模様の特徴についてご紹介します!ですが、意外に見分けるのが難しいとされている2種類の切子ブランドです!今回はその中でも(作品のデザインを見分ける際に)大きく違うとされるポイントを3つに押さえてご紹介していきます!!以下に薩摩切子と江戸切子のそれぞれのグラスを写真で並べているので、今回ご紹介する特徴①・特徴➁の視点でチェックしてみてください^^!!

作品(薩摩切子)の特徴①ガラスの厚み:薩摩切子は色被せ(透明ガラスと色付きガラスの二層で完成される模様)の技術で作ったガラス(の色付きの部分)に厚みがある(薩摩切子は2~3ミリ)。これに対して、江戸切子の色被せのガラスはさらに薄い(江戸切子は1ミリ以下)。

作品(薩摩切子)の特徴➁ぼかしのある模様:薩摩切子の模様の方が照らした際にぼんやりとした色模様で光ります。薩摩切子の最も重要な特徴でこのぼんやりとした色模様のことを「ぼかし」と呼びます。これに対し、江戸切子は(色的にも)ぼんやりした雰囲気はなく透明感があります!この「ぼかし」と呼ばれる色模様は(薩摩切子)特有の作り方の違いによって生じます。ぼかしを入れるためにはガラスをカットする時にまっすぐ立てて刃を入れるのではなく、斜めあるいは横から広く刃を入れていくことによって独特のぼかし模様が作られるそうです!江戸切子はガラスの透明感をアピール、薩摩切子はガラス一体に広がるぼかし模様をアピールするための作りなんですね!!

薩摩切子

色被せの厚みは2~3mm

緩やかな角度でカットすることにより生まれる色のグラデーション(ぼかし)が特徴

江戸切子

色被せの厚みは1mm以下

鋭い角度でカットすることにより色のコントラストを効かせるのが特徴薩摩切子と江戸切子の技法

薩摩切子と江戸切子の技法

現代の薩摩切子と江戸切子はいずれも透明ガラスに色ガラスを被せた色被せという技法で作られています

色被せガラスの色付きの層の厚さにも違いがあり、薩摩切子のほうが一般に厚いという。このため色が濃く重厚な雰囲気を醸し出す。一方の江戸切子は色付きの層が薄いので全体に透明感のある華やかな印象になる。また、江戸切子は色付きだけでなく透明なガラスに装飾するケースも多かったという。

薩摩切子には、「ボカシ」という技法が存在します。これは、カットするときにカットを縦から入れるのではなく、寝かせながら緩やかにカットすることで、光がガラスを通った時に、幻想的な風合いが出ます。カットが細かいのも、薩摩切子の特徴です。一方、江戸切子の魅力は、大胆で豊富なカットデザインになります。庶民を飽きさせない、庶民のアイデアを取り入れ、今日まで江戸っ子庶民に親しまれながら育ってきた江戸切子。その大胆で斬新なカットによるデザインは、歴史を感じさせるものがあります。

この記事のライター

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